希望の源

誰もが思いがけない問題や逆風を体験したことがあり、人生の「試練」のために疲れたことがあるだろう。しかし、例え対外的な問題のために疲れることがあっても、心の中に希望があれば、その問題をも超える力が湧いてくる。心を支える希望は果たしてどこから来るのだろうか?生まれつき楽観的な性格を持っている人もいれば、物事を肯定的に考える人もいるので、一見「希望」は遺伝や運命で決まってしまうように見えるかも知れない。しかし、本当の希望は性格を超えた次元にある。聖書では、絶えない希望は、試練を通して得られるとあるので、どうも希望への道は、楽な道よりも困難の道であるのようだ。でも、それが人間の思いと逆ではないか。なぜ、希望が困難から生まれてくるのか?その秘訣は、状況を支配している神にある。神は、全ての人を愛するがゆえに、表面的なことや一時的なことよりも、心や人格をあるべき姿に造り変えたいと願っている。ちょうど、清廉のかまどで貴金属の不純物が取り除かれるように、人生の「火」にあてられた時に、本当に大切なものが浮き彫りになり、様々な邪心が清められるのだ。心を清められた者には、神は「耐久性」のある希望を託して下さる。目の前の状況から目を離し、神ご自身に目を留める時、絶望が希望に変わる。

2014 年 11 月 25 日25. 11月 2014 by JonDugan
カテゴリー: その他 |