存在価値

先日は、大変気になるニュースを聞いてしまった。それは、新しい技術の力でかなり早い時点から簡単な検査を通して体内にいる胎児の健康を判定できるということ。ダウン症の場合は特に正確な検査であるらしく、超音波で胎児の性別を判定することが常識化されたように、この検査もきっと一般化するに違いない。そして、「欠陥胎児」と見なされた赤ちゃんが現代人の合理化の犠牲になってしまい、堕胎がさらに増えるだろう。日本では、既に胎児の25%も光を見るチャンスがないまま、母親の選択や都合の犠牲になっているのに、これからは一種の「品質管理」の犠牲にもなってしまうことを思うと悲しくたまらない。私は4人兄弟の末っ子。最年長は私よりも10歳年上の姉。その名前はリべカ。姉のリべカは生まれつきの知的障害者だったが、19歳で亡くなるまで彼女は末っ子の私を非常に可愛がってくれた。今は天国で私を待ってくれている。何を持って人間の存在価値を測るのか?健康か、外観か、知性か、体形か、生産能力か。身勝手な基準ではないだろうか。聖書によると人間は神の傑作で、ご自身の姿に似せて造ったとあり、「高価で尊い」とまで判定して下さった。あなたはどのような物差しで自分の存在価値を測っているのだろうか?

2012 年 11 月 27 日27. 11月 2012 by JonDugan
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