日本人の名字は、世界で一番数が多いと言われているが、確かに地域によって様々な名字があり、初めて見る者が読めないものも珍しくない。この前、「友寄さん」という沖縄出身の人に出会い、まるで「友達を寄せて下さい」というメッセージを発信しているような感じがし、友達を非常に大切にする沖縄にとって相応しい名字だなと思った。沖縄だけではなく、一昔前、全ての日本人は友達を大事にしていたように思う。しかし、物質的な豊かさと引き換えに友情関係が希薄になり、心の虚しさを痛感している人は少なくない。それでも、やはり友達は大切。困っている時や悩んでいる時、あるいは喜びを分かち合いたい時に心を許せる相手を求めるものだ。あなたにとってその特別な人とは誰なのだろうか。実は、「友」という言葉が聖書の意外なところに登場する。言葉は、「友よ。何のために来たのか」というイエスキリストのお言葉だがイエスを裏切ろうとして、敵に引き渡すためにやってきた弟子のユダに対しての言葉である。なぜ、イエスは裏切り者を「友よ」と呼んだのだろうか?イエスの大事な教えである「隣人愛」にその答えがある。イエスが指している隣人とは、好みや気持ちを超えて敵にまで及ぶと教えられているが、イエスは自らの教えをユダに対して実行に移した。「私なら果たしてそのようなことができるのだろうか」と自問してみたら、いやきっとできないと思う。敵どころか兄弟、伴侶、親さえも愛することが難しい。だからイエスの愛が必要。自分にはないもの、弱さのゆえにできないことをできるように、敵まで愛して下さったイエスの愛が欲しい!

2012 年 10 月 6 日06. 10月 2012 by JonDugan
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