粗大ゴミ

雨ざらしになっているステレオコンポを見た。アパートの粗大ゴミ捨て場で、ゴミ収集のお兄さんが来るのを寂しそうに待っていたそのステレオは、偽物の木製パネルが変色し、雨に濡れた表面の紙が半分剥がれてしまい、とても哀れな姿だった。きっと時代の流れについて行けなくなったことだろう。傘をさしながらじっと見ていると、私が突然わびしい気持ちになり、そのステレオの「人生」のことを想像した。さかのぼれば、「新発売」の時もあり、買主はお店で選んでから、車に載せ持って帰り、そしてわくわくしながら好きな曲をかけたに違いない。しかし、それが一昔のこと。新しい製品ができて、古い物は引退。粗大ゴミでその生涯を終えるのは、決してステレオコンポばかりではなく、冷蔵庫、ガスコンロ、扇風機、パソコンなどもある。しかし、さらに寂しいことがある。それは、伴侶、親子や友達、そして望まれない子供さえも粗大ゴミと同じく価値のないもののように扱われ、外に放り出されてしまうこと。人間よりも物、愛よりも都合、いつから世の中がそのような価値観に変わったのだろうか?真実な生き方とは、捨てるよりも時間をかけて、壊れたものを直すことではないのか?イエスキリストがこの世に来られたのは、痛んだ人間を捨てるためではなく、壊れた心を直すためだ。「神は、そのひとり子(キリスト)をお与えになったほどに、世を愛された。それは、御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」 (聖書)

2012 年 6 月 14 日14. 6月 2012 by JonDugan
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