心の「水洗化」

我々の教会は大阪府堺市南区にある。堺市といえば、2006年4月に全国20しかない政令指定都市の一つに数えられるようになった重要な都市である。にも関わらず、最近まで一部の地域には、公共下水道が通っておらず、昔ながらの汲み取り方式のままの状態だった。その地域の一つは、教会の位置している場所だった。そのため、1980年から最近まで汲み取り業者のお世話にならなければならなかったが、過去32年の間、何度か処理が追い付かず悪臭を放つことがあった。気分を害する嫌な臭いだが、考えてみると、臭っているのは他から入ってきた異物ではなく、元々人間の中にあったものだけだ。しかし、それが一番触れたくないものでもある。人間の心の状態は、それとよく似ているところがある。一番汚らわしいものが内側から出てきて周囲を汚す。昔イエスキリストは、次のように言われた「口から出るものは、心から出て来ます。それは人を汚します。悪い考え、殺人、姦淫、不品行、盗み、偽証、ののしりは心から出て来るからです」(マタイ15章18-19節)汲み取りの状態が長かっただけに水洗化の感動も大きい。今は、きれいな水が汚物を流し爽やかな環境を保ってくれる。水にも例えられている神の聖霊を心に迎えれば、「悪臭」を放つ嫌なものをきれいに取り除いて下さると聖書に約束されていますが、心の「水洗化」をしてみませんか?

2012 年 5 月 21 日21. 5月 2012 by JonDugan
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